The Cove の牛・羊版を作るべき
和歌山県太地町のイルカ漁を隠し撮りした映画がアカデミー賞を取った。これでアカデミー賞というのは、内容的に何も精査されずに決定しているということが明らかになった。
人間には想像力というモノがあるのだが、如何せん目の前にその光景を映像で見せつけられるとそれのみが真実と捉えてしまう悪いクセ(能力の限界?)がある。そこに無い情報を求めようとはしないのだ。
「イルカを殺す残虐な光景とそれを食する許せない行為」ということになる。
しかし、例えば牛や羊の屠殺場とその光景を見せる映画があったらどうだろう? 「イルカほどの知能がないからいいじゃないか!」という気分になる人はどれぐらいいるだろう? 善人面して反捕鯨や反イルカ漁を声高に叫ぶ人たちの感想を是非聞きたいものだ。
所詮生き物を殺して食べなければ人間は生きていけないのだ。だから生き物を食するために殺すことを批判することは、自分の存在を否定することになる。
犠牲になった生き物の供養をすることが人間にできるせめてもの罪滅ぼしなのだ。食事するときにまず「頂きます!」と手を合わせることが大切だ。その「頂きます!」の言葉の中に「お陰様で生き続けることが出来ます」という感謝の気持ちが入っている。
だからこそ殺した生き物を無駄にすることは大きな罪になると思う。かつて、今の反捕鯨国の多くは、その脂を取るだけのために鯨を殺していたのである。必要な部分だけ取って後は捨てていたのだ。そんなことの反省の弁もなく、一方的に、しかも日本のみを(ノルウェイという大捕鯨国に対してシーシェパードが攻撃したという話は聞いたことがない)叩くという理不尽さには呆れてしまう。
世の中、報道がされるかされないかで決まってしまうとすれば、報道されない物事はすべて「無い」に等しいもの扱いになる。それでは真実は見えてこない。